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クリエイターの苦悩を描いた大人向け絵本として、えんとつ町のプペルは素晴らしい

 

えんとつ町のプペル

えんとつ町のプペル

 

 

いきなりですが、人憂人はクリエイターを尊敬しています。

無から作品を生み出し、人々に感動を与える。

簡単にできることではありません。

そこには一般人には想像も及ばないようなとてつもない苦悩が待ち受けています。

だからこそ、クリエイターを尊敬せずにはいられません。

 

クリエイターは作品の批判をされます。

面白い、面白くないから始まり、時にはクリエイター自身の人格を否定されることもあるでしょう。

えんとつ町のプペルも、いろんな批判を受けたかと思います。

これまでとは違う方法で絵本を製作したので、様々な意見が飛び交うのは当たり前のこと。とりあえず、前情報なしで読んでみた感想を書いていきます。

 

子供向けではない

 えんとつ町のプペルは子供向けではありません。

 これから小さい子供にこの絵本を読み聞かせようと考えていらっしゃる人は、もう10年待ってください。

 作中で「ゴミ人間」という言葉が20回以上登場します。

 はっきり言って、教育衛生上よろしくない。

 

 この言葉の本当の意味が汲み取れれば問題ありませんが、幼い子供の場合、言葉そのままに受け取ってしまうでしょう。

 

 

 そして、表面上は話がそれほど面白くない。

 子供が楽しんで読めるかと言われると、うーん…て感じですかね。

 子供が小さい時に読ませたい絵本ではないです。

 ま、個人的意見ですが。

 

大人向けである

 「信じぬくんだ、たとえひとりになっても」

 この言葉は帯にも書かれている重要キーワードです。

 

 このセリフには何を信じるか、という目的語がありません。

 人それぞれで違うからです。

 

 そして、クリエイターが信じるものは自分自身です。

 つまり、この言葉には作者である西野さんの覚悟が表れています。

 

 絵本を読んでいて、何回も登場する「ゴミ人間」=プペルが西野さんというクリエイター自身を表現しているようにしか思えませんでした。

 

 この絵本は西野さんのクリエイター人生を描いた絵本である。

 そう考えて読むと、かなり面白いです。

 

 ゴミ人間をどう定義するかで意味は色々変わってきますが、仮に世間の考え方とはずれている人間をゴミ人間だとしましょう。その場合、クリエイターはどうなるでしょうか?

 俺は画家(イラストレーター)になる←まともな職につけ

 俺はミュージシャンになる←まともな職につけ

 俺はプログラマー(インターネット関連で働く)になる←まともな職につけ

 

 最後の一つは実際にバイト先の親御さんが言っているのを聞いて、びっくりしましたね。まともな仕事ってなんだよ。子供のやりたいことを自分が知らないからって否定するな。

 

 世間からはこう言われるのがクリエイターというもの。

 楽して稼げるなんて思われてるんじゃないですかね、とんでもないことですが。

 

 普通の人間とゴミ人間。

 作中に、ゴミ人間はプペルしか登場しません。

 

 一般人とクリエイター。

 どちらが多いかは明白です。

 

 作中で表現されているゴミ人間=クリエイターと考えると、クリエイターの人生をこの絵本で表現しているとも取れます。

 

 そう考えて読むと、さらに面白い。

 

 クリエイターがこの絵本読むと、涙止まらないんじゃないですかね。

 

あとがき

 いろんな意味で話題沸騰のプペルですが、かなり面白かったです。

 プペルが生まれながらのゴミ人間っていうのも面白いよなぁ。

 

 人憂人は一般人生まれのクリエイターを目指しますかね…。

 道は遠いなぁ…。